「ラグーン商会のロックです」
ロアナプラを一望できる高台に立つ、近隣にも名前が通った一流ホテルの最上階にあるスイートルームの扉を叩くと、ロックは誰何する声に答えた。
「入れ」
黒ずくめの男が辺りをはばかるようにしてロックを中へと案内した。
「やあ、ロック」
恒例のボディチェックを経てリビングに案内されると、この部屋を常宿としている男がローテーブルに広げていた書類から顔を上げた。
「ご指名ありがとうございます、張さん」
ぺこりとロックは一礼した。
表向き運送業の看板を掲げているラグーン商会が運ぶのは荷物ではなく人間で、こうやって依頼人のもとに出向いてその『要望』に応えるサービスには定評がある。
そして、ロックは所属メンバー中いちばんの売れっ子で、中華系マフィア・三合会を束ねる張はその上得意だった。
「水臭いこと言うなよ。俺とお前の仲だろう?」
「はあ…」
買う者と買われる者。張とロックの関係はただそれだけで、間違ってもそれ以上のことを望んではならない。だが、張は優しすぎて時々叶うはずもない夢を信じてしまいそうになる。
マフィアの首領とただの男娼の恋など、実るはずもないのに。
そう思って仕事と割りきろうとするのだが、なかなか上手くいかない。ロックもまた、張に惹かれていた。
「また困らせてしまったかな」
複雑な胸のうちを伝えることができずにうつむいてしまったロックの頭を張が撫でた。
「奥に行こう。難しいことなんて考えられないくらい可愛がってやるから」
「…はい」
立ち上がった張についてロックはスイートの奥、主寝室へと進む。ここからはいつも張の側にいる部下達も入室を許されない。二人きりになれる数少ない場所だった。
「会いたかった」
「…俺もです」
ベッドまで待ちきれなかったらしい張に抱き締められて、ロックもうっとりと目を閉じる。張の仕事の都合で、しばらくぶりの逢瀬だった。
商売柄沢山の人間に身を任せているロックだったが、抱擁ひとつで身体に火がつくのは張だけで。
「んっ…」
口づけられて、堪えきれずに甘い吐息がこぼれた。
今だけでもいい。自分は張の恋人なのだと思っていたかった…。
「…何ですか、これ??」
綺麗にタイピングされた分厚い文書を数ページ読んだところで、ロックが呆然と顔を上げた。
「何って、シナリオだが」
いつものように悠然とソファにふんぞり返った張が、煙草を燻らせながら事も無げに言った。
ラグーン商会にやってきた張が差し出したそれを、ロックはあくまで仕事の資料と思って目を通したのだ。まさか自分と張の濡れ場を綴ったおそろしく長い小説とも知らずに。
「シナリオ? 何の??」
「バラライカのところでビデオに出るんだろう? シナリオを募集してると聞いたから、俺も一枚噛ませてもらおうと思ってな」
張の返事に、ロックは椅子ごとひっくり返った。
「ななな…なんで張さんが知ってるんですか!」
借金のカタにポルノビデオに『女優』として出演させられるなどと恥ずかしいことを誰にも知られたくなくて、ロックはバラライカに『黙ってて欲しい』と懸命に頼んだのだ。
「あいつがそんな楽しいことを黙ってるわけがないだろ?」
ショックで床から立ち上がれないロックに、張が追い討ちを掛けた。
「いいシナリオ書いた奴には金一封、もしくは出演OKって話が回ってるが…って、聞いてるかロック?」
「聞きたくないです〜!!」
ローテーブルの上に重い紙の束を放り出すと、ロックはその場から逃げ出した。